- AI活用が進んでいるはずなのに、特定の人だけが忙しい職場の責任者
- 「あの人に頼めば速い」が口癖になっているチーム
- 社内のAI活用を推進する立場で、自分の手が空かない人
パーソル総合研究所が2026年2月3日に公表した「生成AIとはたらき方に関する実態調査」(2025年10月実施、正規雇用者3,000人)と、同社が2026年4月27日に公開したその解説に、気になる結果があります。
生成AIを使った作業の所要時間は、平均で16.7%(週あたりおよそ26.4分)減っている。ところが、時間が減ったと実感できているのは約25%にとどまる。そして——生成AIの利用頻度が高い層ほど、残業時間が長い。
これは相関であって、「AIを使うと残業が増える」という因果を示すものではありません。それでも、道具を一番使いこなしている人が、一番遅くまで残っている、という並びは残ります。
この結果は、直感に反します。同時に、現場を見ていると、思い当たる顔が浮かぶ人もいるはずです。
詰まりは、工程ではなく人に寄ることがある
人が三人いれば、もう起きます。業務改善の話をするとき、詰まりは工程の中にあると考えます。承認で止まる、確認で止まる、入力で止まる。だから工程を直す。
ところが、AIが入ったあとの詰まりは、人に寄ります。
理由は単純です。AIを使いこなせるかどうかで、同じ資料が半日で出るか二日かかるかが変わるからです。この差が生まれると、仕事の流れが自然に変形します。
- 資料作成は、速いあの人に回す
- 文章のチェックも、あの人なら早い
- 新しいツールの検証も、詳しいあの人に
- 他部署からの「これ、AIでできませんか」も、あの人に
一つひとつの判断は、全部合理的です。 一番速い人に回すのは、当たり前の采配です。
その結果、一人のカレンダーだけが埋まります。
「速いから任せる」は、いつ止まらなくなるか
この状態が厄介なのは、誰も間違ったことをしていないことです。
依頼する側は、速い人に頼んでいるだけ。受ける側も、自分がやったほうが速いと分かっているので断りにくい。上司から見ると、その人の生産性は明らかに高い。数字上は、何も問題が起きていません。
止まるきっかけが、どこにもありません。
そして、次の段階に進みます。その人がいないと回らなくなる。
属人化です。ただし、これまでの属人化とは形が違います。従来の属人化は「その人しか手順を知らない」でした。今回のそれは「その人しか速くできない」です。手順は公開されています。誰でも読めます。それでも、同じ速度では動かせません。
手順書があるのに引き継ぎで止まる話は「手順書はあるのに、引き継ぎで止まる」のはなぜかにも書きました。AI活用の場合、この現象がもっと分かりにくい形で出ます。プロンプトは共有されているのに、出力の質が違う。何が違うのかを、本人も説明できないからです。
浮いた時間が、本人のルーチンに戻る
先に挙げたパーソル総合研究所の調査(2026年2月3日公表)には、もう一つの数字があります。浮いた時間の使い道を見ると、約6割(61.2%)が「仕事をする」ことに使われ、その内訳の75.4%が「日常の業務」でした。
つまり、速くなったぶんの時間の多くは、業務の改良や新しい仕事ではなく、既存の作業に戻っています。
やめる仕事を先に決める話はAIを入れる前に、やめる仕事を一つ決めるに書きました。今回はその先——やめる判断をしないまま、負荷が特定の人に寄ったときの話です。
この構造だと、こうなります。
- AIで作業が速くなる
- 空いた時間に、既存のルーチンが入る
- ルーチンも速くこなせるので、さらに依頼が来る
- 総量が増え、残業になる
本人の体感は「便利になったけど、忙しさは変わらない」ではありません。「便利になったのに、前より忙しい」です。
そして、この人が疲れて手を抜き始めると、初めて周りが気づきます。気づいたときには、その人はもう次の職場を探していることがあります。
詰まりが人に寄っているかの見つけ方
自分の職場でこれが起きているかどうかは、三つの見方で分かります。
1. 「この人に聞いて」が何回出るか
一週間のチャットや会話の中で、特定の名前が何回宛先になっているかを数えます。名前が一つに偏っていたら、そこが詰まりです。役職とは無関係に起きます。
2. その人の作業時間ではなく、待ち時間を見る
本人が忙しいかどうかではありません。その人待ちで止まっている仕事が何件あるかを見ます。本人が高速で処理していても、入口の行列が長ければ、全体としては遅くなっています。
3. 休んだ週の生産量を見る
その人が休んだ週に、チームの出力がどれだけ落ちたか。落ち幅が大きいほど、依存が深い。お盆や年末は、これを測るのにちょうどいい期間です。
数字にしなくても構いません。三つとも、感覚で当たりが付きます。ただし、当たりを付けたら口に出してください。 頭の中で気づいただけでは、何も変わりません。
直し方は「配分」と「公開」の二つ
やることは二つです。順番があります。
先にやるのは、配分の線引き
その人に集まっている依頼を、三つに分けます。
- その人でなければできない:判断が要る、責任が伴う、経験が要る
- その人だと速いが、他の人でもできる:時間はかかるが、品質は出る
- 本来その人の仕事ではない:頼みやすさだけで回ってきたもの
三つ目は、その場で止めます。頼んだ人に戻すのではなく、どこへ行くべきかを決めて戻します。行き先を決めずに戻すと、また同じ人のところへ来ます。
二つ目が、一番判断が要ります。ここを他の人に回すと、短期的には遅くなります。遅くなることを、上の人が引き受けるかどうかが分かれ目です。引き受けないなら、この構造は直りません。
「今週は遅くなってもいい。来月から速くなればいい」と誰かが言わないと、現場は速いほうを選び続けます。人の問題ではなく、判断の持ち主の問題です。
次にやるのは、速さの中身の公開
「その人だと速い」の中身を、言葉にします。
ここで、プロンプトの共有だけで済ませないでください。プロンプトはもう共有されていることが多く、それでも差が埋まっていないから、この状況になっています。
言葉にすべきなのは、出力を見たあとの判断です。
- 出てきた文章のどこを見て、使えるかどうかを決めているか
- 直すとき、どこから直しているか
- やり直させるのは、どういうときか
- そもそも、AIに渡さないと決めているのはどんな依頼か
これを本人に聞くと、最初は答えられません。無意識にやっているからです。
答えを引き出す方法は、隣で一件やってもらうことです。「今の、なぜそこを直したんですか」と、その場で聞く。三回やれば、本人も自分の判断の型に気づきます。気づいた時点で、書けます。
AIの出力を見るときに何を先に見るかについては、AIの答えを見るとき、正しさより先に「前提」を見るにも書きました。この「見る順番」こそが、共有すべき中身です。
本人が手放さないのは、なぜか
配分を変えようとすると、当の本人が抵抗することがあります。「自分でやったほうが速いので大丈夫です」と。
これを「抱え込み癖」として扱うと、話がこじれます。本人には、手放さない理由があります。
理由1:教えると、短期的に自分が遅くなる
説明しながらやると、自分でやる倍の時間がかかります。しかも、その週の締切は変わりません。手放すことで自分が損をする状況で、手放せと言うのは無理があります。
理由2:断ったことがない
依頼を受け続けてきた人は、断り方を持っていません。「これは私じゃなくていいです」と言うには、どこへ回すかを本人が知っている必要があります。行き先を用意せずに「断っていいよ」と言っても、断れません。
理由3:それが自分の価値だと思っている
一番速いことが、自分の居場所になっている場合があります。この状態で仕事を分散させると、本人は「役割を取られた」と受け取ります。
三つとも、本人の性格の話ではありません。そう振る舞うのが合理的な状況が、先にあります。 状況を変えずに態度だけ変えろと言っても、動きません。
だから、手放す前に用意するものがあります。教える時間を業務時間として確保すること。回す先を具体的に決めておくこと。そして、教えたことを評価の対象にすると先に言っておくこと。この三つが揃って初めて、「自分でやったほうが速い」より「渡したほうがいい」が成り立ちます。
一番使える人を、評価から外さない
最後に、忘れられやすいことを書きます。
配分を分散すると、その人の見かけの生産量は下がります。人に教える時間が増え、自分の処理件数は減るからです。
このとき評価の基準が「処理件数」のままだと、その人は損をします。 一度損をすると、次からは教えません。自分でやったほうが速いし、評価も高いからです。
だから、配分を変えるときは、評価の見方も同時に変える必要があります。件数ではなく、チーム全体の待ち時間が減ったかを見る。
これを後回しにすると、現場は正直に反応します。人を責める話ではありません。そう動くように設計されているなら、そう動きます。
一番使える人が一番忙しい職場は、その人が優秀だから、ではありません。依頼の行き先を、誰も決めていないからです。決めるのは、AIの仕事ではありません。
道具の使い方より先に、仕事の行き先を決める——tugiloは、ツールの前に「判断の設計」から入ります。業務の偏りの棚卸しも、属人化のほどき方も、お気軽にご相談ください。